カテゴリー「『SFF & DFF』」の記事

『SFF&DFF』通信 初日にして千穐楽!

6月6日(日)

  晴天で何よりであった。

  スタッフは9時から直し作業。11時からAキャストのゲネプロ。終了後、A、B合同で最後の駄目出し。更に各セクションの調整、その後、開場。
  15時、Aキャストの本番。2時間弱で終演。入れ替え作業の後、夜の部開場。18時、Bキャストの本番。A同様2時間弱で終演、撤収作業へ。21時よりコリドー街の店で打ち上げ。70人での打ち上げは壮観であった。

  6月に入ってからは、時間の流れ方が普段の数倍速い様に感じられた。昨日、今日は更に速かった。
  私が今回のショーでやりたかったことが『SFF&DFF』通信の1回目に記されている。即ち「東宝版『ザッツ・エンタテインメント』を作りたい」。それが今回の私の全てであった。

  『ザッツ・エンタテインメント』は、MGM映画が創立50周年を記念して製作した、同社のミュージカル映画のハイライト場面を並べたアンソロジーである。全体が幾つかのセグメントに分かれており、セグメント毎に縁あるスターが登場してエピソードや名場面を紹介する。今回の『SFF&DFF』のフォーマットは、正に『ザッツ・エンタテインメント』であった。
  映画『ザッツ・エンタテインメント』の功績を2つだけ挙げるとすれば、「過去のミュージカル映画の再評価」と「当時のスター、クリエイター達へのオマージュ」だろう。私が今回目指したのは『ザッツ・エンタテインメント』のフォーマットを真似ることよりも、『ザッツ・エンタテインメント』が持っているその精神を(と言うことは『ザッツ・エンタテインメント』を製作したジャック・ヘイリーJrの精神を)継承することであった。

  その是非や成否には色々なご意見があるだろう。忌憚のない感想をどうかお聞かせいただきたい。私自身、数々の反省がある。

  だが、今の気持ちを率直に記せば、私はこのひとつき本当に幸せであった。

  『ザッツ・エンタテインメント』を初めて観た中学2年の春に戻った様な気持ちであった。

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『SFF&DFF』通信 小屋入りしました。

6月5日(土)

  シアタークリエに入る。

  明日は本番だが、全ての作業は今日1日で終えなければならない。
  朝から照明、音響、バンドの皆さんの仕込み。午後イチで舞台稽古に掛かる。サウンド・チェックと照明デザインを兼ねた場当たり稽古である。が、今夜20時にはBキャストのGPをスタートさせなければならない。それまでにA、B両キャストで全てのナンバーを当たり終えることができるのか……?

  関係者の皆さん、本当にありがとうございました。皆さんのご尽力のお陰で無事にスケジュールを消化することができました。
  明日は11時からAキャストのGP。そして、いよいよ15時からAキャストの本番。更に、18時からBキャストの本番。

  「足を折れ!」

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なおかつ『SFF&DFF』通信(ネタバレ!)

6月4日(金)

  稽古場最終日である今日は、終日バンドとの合わせであった。何しろ曲数が多いので(それは私のせいなのだが)やってもやっても終わりが見えてこない。皆さん本当にお疲れ様でした。

  さて。

  日本のミュージカル史に貴重な足跡を残した芸術座は惜しまれながら2005年に38年間の歴史を閉じた。その跡地に2007年に開場したのがシアタークリエである。
  シアタークリエのオープニング・シリーズ第3弾として上演されたのが『レベッカ』(2008年4~6月)である。シアタークリエではその後も意欲的にミュージカルを取り上げて来た。
  『デュエット』(同年7月)、『RENT』(同年11~12月)、『スーザンを探して』(2009年1~2月)、『ニュー・ブレイン』(同年3~4月)、『この森で天使はバスを降りた』(同年5月)、『ブラッド・ブラザース』(同年8~9月)、『グレイ・ガーデンズ』(同年11月)、『シー・ラヴズ・ミー』(同年12月~2010年1月)、『ガイズ&ドールズ』(同年4月)。
  これだけの作品が僅か2年の間に上演された。お馴染みの名作から最近の話題作、そして知られざる小品も並んでいるが、これだけミュージカルに積極的に取り組んだ劇場は他に例がないだろう。

  昨日記した過去10年のミュージカル、そして上記のクリエ・ミュージカル。それぞれの成否を「集客」の面から判断することは難しいことではない。が、「その作品や上演にどんな意味があったのか」を知るにはもう少し時間が必要であろう。集客のことを言えば『屋根の上のヴァイオリン弾き』の初演も『スウィーニー・トッド』も失敗であった。
  5年後とか10年後とかに振り返って、21世紀の最初の10年間が日本のミュージカルにとってどんな時代だったのか、改めて考えてみる必要があるだろう。この10年間は自分が当事者のひとりでもあるので、今はまだ冷静に判断を下し辛い、と言うこともあるのだが。

  『SFF&DFF』では『RENT』から「シーズン・オブ・ラブ」を、『この森で天使はバスを降りた』から「フィナーレ」を取り上げる。明日はいよいよ劇場入り。

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相変わらず『SFF&DFF』通信(ネタバレは続く!)

6月3日(木)

  午前中は日藝所沢へ、午後は『SFF&DFF』の稽古場へ。

  そして21世紀である。ここで21世紀最初の10年間に上演された東宝ミュージカルを俯瞰しておきたい。
  まずレパートリー作品であるが、『マイ・フェア・レディ』『ラ・マンチャの男』『屋根の上のヴァイオリン弾き』は、キャストを入れ替えながら今日まで現役である。そして『ラ・カージュ・オ・フォール』が新たにレパートリーに加わった。ロジャース&ハマースタイン作品は、今のところその役目を終えた感がある。

  東宝ミュージカルのこの10年の柱は(6月1日の日記で触れた通り)ブーブリル&シェーンベルグ作品とクンツェ&リーヴァイ作品である。
  それらと並行して上演されたのは、『ワンス アポン ア マットレス』  (2000年11月/青山劇場)、『ジキル&ハイド』(2001年11月/日生劇場)、『パナマ・ハッティー』(2002年3月/帝劇)、『チャーリー・ガール』(同年4月/帝劇)、『ミー&マイガール』(2003年3月/帝劇)、『イーストウィックの魔女たち』(2003年12月/帝劇)、『ベガーズ・オペラ』(2006年1月/日生劇場)、『ダンス オブ ヴァンパイア』(2006年7~8月/帝劇)、『ウェディング・シンガー』(2008年2月/日生劇場)、『ルドルフ』(2008年5月/帝劇)、『シラノ』(2009年5月/日生劇場)、『シェルブールり雨傘』(2009年/日生劇場)であった。
  この内『ジキル&ハイド』『ミー&マイガール』『ダンス オブ ヴァンパイア』は繰り返し上演される大ヒット作となった。 

  『SFF&DFF』では、『ジキル&ハイド』から「嘘の仮面」「連れて来て」「その眼に」を、『チャーリー・ガール』から同名のタイトル・ナンバーを、『ミー&マイガール』から「あついアイツがやって来た」「ランベス・ウォーク」「街灯の下で」を、『イーストウィックの魔女たち』から「崩れゆくモラル」「そのまま」を、『ダンス オブ ヴァンパイア』から「永遠」「サラへ」を、『ウェディング・シンガー』から「君の結婚式」「ゴミ箱から出てきて」を、『ルドルフ』から「それ以上の……」を、『シラノ』から「我らガスコン」「どんな日も」をお送りする。

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今日もまた『SFF&DFF』通信(ネタバレしてます!)

6月2日(水)

  『SFF&DFF』の稽古場へ。

  「オリジナル・ミュージカルを作りたい」という夢は、ミュージカルに携わる者なら誰しも1度は抱くものであろう。東宝は、断続的ではあるが、意欲的なオリジナル・ミュージカルを製作して来た。
  5月24日付の日記にも記したが、『スカーレット』はその代表的な1本である。その他にも『歌麿』(1972年5~6月/帝劇/東宝創立40周年記念公演)、『裸のカルメン』(同年3月/日生劇場)、『慕情』(1976年1月/日生劇場)、昨日の日記でも触れた『アンネの日記』(1985年7~8月/芸術座)などがある。

  東宝にとって久々のオリジナル・ミュージカルとなったのは『ローマの休日』(1998年10月/青山劇場)である。
  アメリカ映画『ローマの休日』の世界で初めての舞台化、それもミュージカルとして、と言う野心的な企画が実現したのは、1990年代のミュージカル・ブームが最早一過性のものではなかったからであろう。大地真央さん、山口祐一郎さんと言う、この作品に相応しい俳優が揃ったことも、この企画の実現を後押ししたに違いない。
  1970年の『スカーレット』がクリエイティブ・チームにブロードウェイの才能を招いたのとは異なり、『ローマの休日』は脚本、作詞、作曲を含む全クリエイティブ・チームを日本人で編成した。ミュージカルを「当たり前のもの」として育った世代が日本のミュージカルを担う時代がやって来たのである。

  『ローマの休日』成功の余勢をかって、東宝は次に『風と共に去りぬ』(2001年7~8月/帝劇)のミュージカル化に着手した。
  またまたややこしい話なのだが、1970年の『スカーレット』は、そもそも小説『風と共に去りぬ』をオリジナル・ミュージカル化したものであった。そして2001年の『風と共に去りぬ』も同小説のオリジナル・ミュージカル化だが、これは『スカーレット』とは別の作品なのである。
  菊田一夫の戯曲(『スカーレット』)を基にしてはいるが、脚本も音楽、歌詞も、新たなクリエイティブ・チームによって新たに書き下ろされた新作であった。もちろんこちらも日本人の手による作品である。
  更には『十二夜』(2003年10~11月/帝劇)、『SHIRO』(2004年12月/帝劇)、『眠らない音』(2005年10月/青山劇場)などがこれに続く。

  『SFF&DFF』では『ローマの休日』から「時間よ止まれ」「それが人生」などを、『風と共に去りぬ』からは「マグノリア」「女は降伏しない」などをお送りする。

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帰ってきた『SFF&DFF』通信(ネタバレ、ネタバレ!)

6月1日(火)

  帰京している。

  午前中は毎週火曜日定例の東宝ミュージカルアカデミーへ。午後は『SFF&DFF』の稽古場へ。稽古場が今日からアカデミーが使用しているスタジオの真下のフロアになった。楽チン楽チン。

  さて。

  20世紀の終わりに、東宝ミュージカルに新しい風が吹いた。『エリザベート』である。
  『エリザベート』のウィーン初演は1992年。宝塚歌劇団が取り上げた日本初演が1996年である。帝劇での東宝版初演は2000年6~8月のことであった。ご承知の様に東宝版『エリザベート』は大ヒット、以後10年の間に、ほぼ毎年と言っても良い頻度で再演を繰り返している。
  続いて東宝が取り上げたウィーン・ミュージカルは『モーツァルト!』(2002年10月/日生劇場)。両作品ともミヒャエル・クンツェ&シルヴェスター・リーヴァイのコンビの手掛けたミュージカルである。
  21世紀の東宝ミュージカルは、ブーブリル&シェーンベルグ作品(『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『パイレート・クイーン』)とクンツェ&リーヴァイ作品(『エリザベート』『モーツァルト!』『マリー・アントワネット』『レベッカ』)を車の両輪としてレパートリーを組み立てて行くことになる。

  が、21世紀に入る前に、1980年代後半から90年代にかけて上演された東宝ミュージカルを挙げておきたい。
  まず帝劇では『ラ・カージュ・オ・フォール』(1985年7~8月)、『回転木馬』(1995年5月~9月)、『シー・ラヴズ・ミー』(同年12月)、芸術座では『ラブ・コール』(1985年3~5月)、『アンネの日記』(同年7~8月)、日生劇場では『エニシング・ゴーズ』(1989年8月)、『ガイズ・アンド・ドールズ』 (1993年5月)、『アイリーン』(1995年10月)、『フォーティセカンド・ストリート』(1997年12月)、そして、新たに青山劇場でも東宝公演が始まり『ジョージの恋人』(1987年3月)、『王子と踊り子』(同年10月)、『カルメン』(1989年1~2月)、『20世紀号に乗って』(1990年10月)、『The 5 O’clock Girl(5時の恋人) 』(1992年11月)、『レディ、ビー・グッド!』(1993年10月)などが上演された。
  並行してレパートリー作品が再演されていたことは言うまでもない。

  『SFF&DFF』で取り上げるのは、『ラ・カージュ・オ・フォール』から「ありのままの私たち」「マスカラ」「今、この時」、『回転木馬』から「カルーセル・ワルツ」「6月に花開く」、『シー・ラヴズ・ミー』から同名のタイトル・ナンバー、『ラブ・コール』から「パーティーズ・オーバー」「ジャスト・イン・タイム」、『エニシング・ゴーズ』から同名のナンバーと「あなたに夢中」、『ガイズ・アンド・ドールズ』から「私が鐘なら」、『アイリーン』から「チャンスが私を呼んでいる」「虹を探して」、『フォーティセカンド・ストリート』からタイトル・ナンバーと「お金がジャンジャン」、『パイレート・クイーン』から「女って」「男は男」「星を目指して」、『レベッカ』から「レベッカⅠ」である。
  クンツェ&リーヴァイ作品から「レベッカⅠ」1曲のみなのは、 『SFF&DFF』の後に『M.クンツェ&S.リーヴァイの世界』が控えているからである。お2人の楽曲はそちらで存分に堪能してほしい(前売りは完売ですが)。

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『SFF&DFF』通信(もちろんネタバレ!)

5月26日(水)

  『SFF&DFF』の稽古場へ。

  『レ・ミゼラブル』の日本初演は1987年6月。帝劇で5カ月に及ぶロングランであった。
  『レ・ミゼラブル』を送り出したのはイギリスのプロデューサー、キャメロン・マッキントッシュである。マッキントッシュは『キャッツ』でミュージカルの作り方と興行方法を根本から変えたプロデューサーである。マーケティングを世界規模で行い、巨額の製作費を投じることで、それ以前の「台本とスコアだけをライセンスする」やり方ではなく、「オリジナル・プロダクションを世界各地で上演して収益を上げる」と言う新たなビジネス・モデルを確立したのである。『レ・ミゼラブル』以後、東宝ミュージカルの作り方、興業方法も大きく変わって行く。
  アラン・ブーブリルとクロード=ミッシェル・シェーンベルグの作り出した『レ・ミゼラブル』は、それ以前に主流であった「台詞とミュージカル・ナンバーが交互に現れる」と言うミュージカルのスタイルを、「全編が音楽で進行する」と言う形に変えた。そしてトレバー・ナンとジョン・ケアードは、この大河ドラマを巨大なセットを駆使して手際良く、リアルな群像劇として演出した。非現実の世界に誘うことが特質だと思われていたミュージカルの世界に、リアリズムを持ち込んで成功したのである。
  続いて『レ・ミゼラブル』の製作チームは、ベトナム戦争を舞台とする『ミス・サイゴン』を送り出す。帝劇で1992年4月にプレビューを開始し、1年を超える大ロングランを実現した。ロンドン発の「メガ・ミュージカル」が世界を席巻したのである。

  『SFF&DFF』では『レ・ミゼラブル』から「乞食たち」「ラブリィ・レイディ」「民衆の歌」を、 『ミス・サイゴン』からは「火がついたサイゴン」「サン・アンド・ムーン」「世界が終わる夜の様に」をお送りする。

  稽古終了後、「のぞみ」の最終新大阪行に飛び乗り大阪へ。『レベッカ』通信・大阪編のはじまり!  はじまり!

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『SFF&DFF』通信(ネタバレ注意!)

5月25日(火)

  午前中は東宝ミュージカルアカデミーへ。その後『SFF&DFF』の稽古場へ。

  1970年代~80年代の東宝ミュージカルを俯瞰してみると、例えば帝劇では『ピピン』(1976年4月)、『スウィーニー・トッド』(1981年7~8月)、『シカゴ』(1985年11月)、東京宝塚劇場では『南太平洋』(1979年6月)、『ファニー・ガール』(1980年2月)、日生劇場で『シュガー』(1974年1月)、『ミズ』(1982年2月)、『ナイン』(1983年3月)、『デュエット』(1984年5月)、『プリンセス・モリー』(1986年3月)などが取り上げられている。
  実に魅力的、且つ意欲的なラインナップだといま見ても思うが、これらの新作と並行して、東宝の財産演目となった『マイ・フェア・レディ』『ラ・マンチャの男』『屋根の上のヴァイオリン弾き』『サウンド・オブ・ミュージック』『王様と私』が再演を繰り返している。

  因みに『南太平洋』は、上記東京宝塚劇場での公演以前に、新宿コマ劇場で日本初演(1966年5月)されている。コマ劇場で初演されたミュージカルをここでカウントするべきか否か大いに迷ったのだが、結論から言えば、このリストからは外してある。ここに記してきたことは、東宝が創立70年を記念して編纂した「作品リスト」に準拠しているのだが、そこにコマ劇場作品の記述が無いからである。
  コマ劇場で初演されたミュージカルには、他に『努力しないで出世する方法』 (1964年7月)、 『アニーよ銃をとれ』 (1964年11~12月)があるが、 『南太平洋』を最後にミュージカルの上演はパタリと途絶える。人気歌手を座長に据えたお芝居の路線が定着して行ったからであろう。宝塚歌劇団のコマ劇場での公演は1980年代まで続くのだが、ミュージカルの上演が再開されるのは1980年10月の『アニーよ銃をとれ』まで待たねばならない。

  『SFF&DFF』では『シカゴ』から「オール・ザット・ジャズ」、『南太平洋』から「女ほどすてきなものはない」「バリ・ハイ」「ハッピー・トーク」、『ファニー・ガール』から「ピープル」、『ナイン』から「フォーリー・ベルジェール」、『デュエット』から「They're Playing Our Song」をご披露する。

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『レベッカ』東京公演千穐楽 そして『SFF&DFF』通信(ネタバレあり!)

5月24日(月)

  帝劇へ。『レベッカ』東京公演の千穐楽である。

  早いものである。名古屋で初日を開けてから既に3カ月が流れた。帝劇だけでも2カ月が過ぎた訳だが、毎日劇場に通っているメンバーの感じ方も我々と同じだろうか?
  それはともかく、『レベッカ』は先日、シアタークリエの初演からの通算で上演回数200回を突破した。何よりもご観劇下さった皆さんに感謝したい。本当にありがとうございました。そしてキャスト&スタッフの皆さんにも。お疲れ様でした。
  『レベッカ』はこれから大阪へと旅立つ。梅田芸術劇場メインホールで、初日は5月30日である。関西の皆さん、お待たせしました。それ以外の地方の皆さん、禁断症状が出た時は大阪へどうぞ。

  帝劇を後にして『SFF&DFF』の稽古場へ。

  1970年1~3月の帝劇は『スカーレット』を上演した。『スカーレット』『風と共に去りぬ』をミュージカル化した作品である。後に執筆された『風と共に去りぬ』の小説版の続編と同タイトルなのでややこしいが、これはそれではない(後に帝劇で続編の方の『スカーレット』も劇化、上演しているので益々ややこしい)。
  脚本を担当したのは菊田一夫で、作詞作曲にはブロードウェイからハロルド・ロームが招かれた。演出のジョー・レイトン以下、クリエイティブ・チームはアメリカから、そして日本人キャストで上演された東宝発のオリジナル・ミュージカルである。このミュージカルは後に輸出され、1972年にロンドンの由緒あるドルリー・レーン劇場で1年近くに渡って上演された。

  東宝の日生劇場での公演は1970年9月の『ラ・マンチャの男』再演からスタートした。その後日生劇場では、1971年10月に『プロミセス・プロミセス』を、1972年5月には『スイート・チャリティ』を、1974年1月には『シュガー』を、1976年8月には『オズの魔法使い―ザ・ウィズ―』を、1978年8月には『アニー』を上演している。
  いま見ても実に魅力的な作品が並んではいないだろうか。

  『SFF&DFF』では『プロミセス・プロミセス』から同名のタイトル・ソングを、『スイート・チャリティ』からは「ビッグ・スペンダー」を、『ザ・ウィズ』からは「Ease on Down the Road」を、そして『アニー』からは「トゥモロー」を取り上げる。

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『SFF&DFF』通信(今日もネタバレあり!)

5月23日(日)

  朝から晩まで『SFF&DFF』の稽古場へ。今日は12時間を稽古場で過ごした。

  『ファンタスティックス』の初演は1967年7月の芸術座。これはきっと芸術座に相応しい公演であったに違いない。シアタークリエでも観てみたい、と思うのは私だけではあるまい。
  帝劇では同年の4~5月に『心を繋ぐ6ペンス』が堂々の再演となっている。『レベッカ』がクリエから帝劇に移って再演された様なものであろうか。帝劇では更に9~10月に、昨日の日記で触れた『屋根の上のヴァイオリン弾き』が上演されている。
  そして1968年。この年の5月には帝劇で『オリバー!』を上演。これは先年の『ハロー・ドーリー!』同様の来日公演(日英親善国際公演)であった。同年の11月には帝劇で『王様と私』が再演され、そして翌1969年の4~5月の帝劇が『ラ・マンチャの男』の初演である。

  『屋根の上のヴァイオリン弾き』『ラ・マンチャの男』も、今では名作中の名作と呼ばれ再演が繰り返されているが、初演時にはその良さが理解されず、集客にも大いに苦しんだのだと言う。
  どちらの作品も、初演ながら帝劇で2カ月のロングラン公演であったのだが、そこに当時の関係者の「今こそ日本のミュージカル・ブームを本物にしなければならない」とする決意と意気込みを私は感じ取る。
  『マイ・フェア・レディ』『サウンド・オブ・ミュージック』『王様と私』と言った、優れてはいるがやや古典的な(つまり大衆性と知名度を兼ね備えた、分かり易く口当たりの良い)名作群を紹介することで日本にミュージカル・ブームを作りだした関係者たちは、「そのブームを次のステップに持ち上げるべき時期に来ている」と考えたのではないだろうか。そしてそのことを「小ぶりな劇場で試験的に」上演するのではなく、あくまでも東宝を代表する劇場で、堂々とした上演期間を確保して達成しなければならない、と感じていたのではなかっただろうか。
  極めて現代的なテーマとスタイルを持った『…ヴァイオリン弾き』『ラ・マンチャ…』が同時期に選ばれているのは、私には偶然とは思えない。そして私は、このリスクに立ち向かった当時の関係者の誇りと勇気、そして見識に尊敬の念を抱かずにはおられない。
  が、この国のミュージカル史は、残念ながら関係者たちが念じた方向には進まなかった。『屋根の上のヴァイオリン弾き』に至っては、再演まで実に8年の年月を必要とした。どちらも再演は帝劇よりひと回り小さな日生劇場で、公演期間も1カ月に短縮されて、ようやく実現に漕ぎ着けたのである(つまり総キャパシティは1/3に減らされた)。

  『SFF&DFF』では『ファンタスティックス』から「Try to Remember」「Soon It's Gonna Rain」を取り上げる。

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