『アニー』通信
3月30日(木)
更に2幕を作る。
昨日のブログに記した“番組”で、チャーニン&ストラウスの他に登場したソングライターの中で私が記憶しているのは、アーサー・シュワルツとバートン・レーンである。
作曲家=アーサー・シュワルツ(1900~1984)は、作詞家のハワード・ディーツとのコンビで「アローン・トゥゲザー」や「あなたと夜と音楽と」など洒脱な歌を多く作った。ミュージカル史的に触れておかなければいけないのは、彼らの楽曲を使って映画『バンド・ワゴン』(1953)が作られたことだろう(映画の基になった舞台版が、そもそも彼らの楽曲を使用していた)。
『バンド・ワゴン』には「バイ・マイセルフ」「プランを変えよう」「ダンシング・イン・ザ・ダーク」などの名曲が並んでいるが、外せない楽曲がもう1曲ある。2人が映画版のために新たに書き下ろした楽曲、あの「ザッツ・エンタテインメント!」である。
作曲家=バートン・レーン(1912~1997)は、ミュージカル『フィニアンの虹』(1947初演/映画は1968)や『晴れた日に永遠が見える』(1965初演/映画は1970)などで知られる。2作品とも元々はブロードウェイ・ミュージカルで、後に映画になっている。
バートン・レーンが“番組”で語ったエピソードで記憶しているのは『晴れた日に永遠が見える』のエピソードで、コンビを組んだ作詞家のアラン・ジェイ・ラーナーがタイトル・ソング「晴れた日に永遠が見える/On a Clear Day You Can See Forever」の作詞にとても苦労していた、と言う話である。
先行して曲を書くことになったレーンは、メロディーの随所に「On a ×× Day」と言う言葉が入りそうな個所を散りばめた。そうしておけば、後からラーナーが、例えば「On a Blue Day ...」などと歌詞を考えやすいだろう、と考えてのことである。
が、ラーナーはレーンが予想したような詞は書かなかった。難産の末にラーナーが生み出したのが、いま私たちが知っている「晴れた日に永遠が見える」である……と言う話だったと記憶する。
シュワルツは1920年代から、レーンも1930年代から活躍するソングライターである。一方、チャーニンやストラウスが活動を始めたのは1950年代の終わり頃である。番組で“チャーニン&ストラウス”の回を見た時、1組だけ世代の異なるソングライターが登場したな、と感じたのを覚えている。
2人以外のソングライターたちは“既に評価の定まった人たち”であったが、2人は“まだこれから”のソングライターのように思えた。
2人は若かったのである。
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