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大平和登さんのこと

  大平和登さんが亡くなった。

  私が大学で演劇を学んでいた頃、そして東宝に入り芝居作りを職業として歩き始めた頃、ブロードウェイの演劇状況を知る唯一の手段は、大平さんが映画雑誌『キネマ旬報』に連載されていた「ブロードウェイ通信」を読むことだった。インターネットが普及し海外の様々な情報に直接アクセスできるようになるのは、それから15年以上後の事である。
  「ブロードウェイ通信」は単行本化され、1975年から80年の記事が『ブロードウェイ』に、80年から85年の記事が『ブロードウェイ Part 2』にまとめられた。この2冊はその時代のブロードウェイの大変貴重なレポートである。そして私のバイブルでもあった。

  大平さんは東宝のニューヨーク駐在員として長年を過ごされた。ブロードウェイの演劇人たちの似顔絵で有名なレストラン「Sardi’s」で、大平さんの似顔絵が飾られているのを見たことがあるが(今も飾られているだろうか?)、そのことだけでも、大平さんがどれだけブロードウェイの演劇界に貢献されて来たかが分かる。
  私はニューヨークの大平さんの事務所で一度だけお目に掛かったことがある。その頃はもう東宝の駐在員ではいらっしゃらなかったが、大平さんが日本の演劇状況にも大変詳しかったことに驚いたことを鮮明に覚えている。

  私のこの拙ブログ「××××通信」は、大平さんの「ブロードウェイ通信」から拝借したものであった。大平さんの文章に憧れ、大平さんが紹介されたブロードウェイのプロフェッショナルたちに一歩でも近づきたくて付けた題名であった。

  合掌。

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