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2012年7月の記事

『クールの誕生』通信

7月30日(月)

  2場の立ち稽古に入る。

  1場は「昭和38年7月の夜8時頃」と言う設定で話が進む。『クールの誕生』の主人公であるサラリーマンたちは、夜の8時でもまだ会社のために身を粉にして働いているのである。続く2場は8月のある1日。打って変わって、のどかな昼休みである。
  1場では、就業時間中であることもあって、次々と登場人物が出入りし、舞台上も慌ただしく落ち着きがない。が、2場は昼休みの時間帯である。舞台にも「ほっ」とした時間が流れている。相変わらず登場人物は入れ替わるが、同時に大人数が動き喋ることはないので、稽古場の雰囲気も「ほっ」としている。
  今日のメニューである2場の前半は、登場人物は全部で4人。必然的に稽古場にいるキャストの人数も少ない。人口密度の低い稽古場であった。

  明日も4人で稽古を始め、だんだんと人数が増えて行く予定。

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『クールの誕生』通信

7月29日(日)

  1場を立ち稽古。1場の最後まで辿り着いた。

  今日は山田悠介さんの誕生日であった。
  稽古期間中に誰かが誕生日を迎えると、サプライズでお祝いが行われることになる。これはもう、どの稽古場に行っても同じ、ほとんど決まりごとである。
  稽古の途中で、何かアクシデントめいたことが起こる。予定外のダメ出しが急に始まったり、誰かが突然発言を求めたり、誕生日を迎えた本人がちょっと不安になる様な類の偽アクシデントが起こされるのである。それをきっかけに、稽古場はサプライズに突入する。
  主賓が事の成り行きを見守っていると、やおら照明が落とされ、「ハッピー・バースデー」のコーラスの中を蝋燭の灯されたケーキが運び込まれる。主賓はケーキの前に進み出て、蝋燭の炎を吹き消す。そしてカンパニー一同から祝福の歓声が上がるのである。

  今日のサプライズはグダグダであった。
  サプライズも毎度のことになると、する方にもされる方にも新鮮な驚きや意外な喜びは希薄である。だます、だまされるの緊張感も最早無いに等しい。

  グダグダなその様子は『クールの誕生』Twitterでどうぞ。

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『クールの誕生』通信

7月28日(土)

    1場の後半を立ち稽古。

    昭和30年代に製作された映画を見ていると、登場人物の誰かが常に煙草を吸っている。以前も記したクレージー・キャッツの皆さんのサラリーマン映画などでも、喫煙シーンが当たり前の様に登場する。
    煙草のパッケージに喫煙の弊害についての警告が記されるようになったのは1972年(昭和47年)のことだそうであるが、つまり、それ以前は、どこでも誰でも大人なら煙草を吸って当然な時代なのであった。

    『クールの誕生』は昭和38年のビジネスの世界が舞台なので、登場人物が煙草を吸うシーンもちょくちょく出て来る。が、これは喫煙することを肯定しているのでも奨励するものでもない。あの時代の大人たちを描こうとすれば煙草は避けて通れない、と言う話である。ご観劇の皆さんには、そのことをどうかご理解いただきたい。

    私自身は煙草をまったく吸えない。なので、どんな時に煙草を吸いたくなるのかや、吸うとどうなるのか、など、喫煙者の心理を共有することができない。登場人物に格好いい煙草の吸い方を指図することもままならないのである。

    登場人物の喫煙姿が格好良かったとしたら、それは全てキャストの皆さんの力量である。

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『クールの誕生』通信 そして『ウェディング・シンガー』再演!

7月26日(木)

  1場を立ち稽古。

  ラフで良いので、とにかく1度動いてみよう、どんどん先に進んで行こう、という作戦を立てていたのだが、方針転換。もう少し丁寧にシーンを作って行くことにする。
  芝居を作る時に気を付けていることのひとつは、物語がこの先どう展開するか、観客に悟られない様にすることである。『クールの誕生』でもそのことに気を配りながら芝居を作っているのだが、現時点で物語の結末部分の台本がまだなので、どの様に芝居を運べば観客の予想を裏切ることになるのか、その判断根拠がない。
  それで、暫定的でも良いからどんどん先に行こう、と考えていたのだが、余りに暫定的なのも稽古として実が少ない、と言うことに気付かされた。それで方針転換である。

  話は全く変わるが、ミュージカル『ウェディング・シンガー』の再演が発表された(こちらからどうぞ)。今回はキャストも結構入れ替わる。「これで最後」とも告知されているので、どうぞお見逃しなく!

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『クールの誕生』通信

7月25日(水)

  1場をラフに立ち稽古。

  『クールの誕生』の登場人物たちは良く喋る。
  愚痴だったり商品知識だったり自慢話だったり世間話だったり、くだらないことでもとにかく良く喋る。それは、人の日常が取りも直さずそう言うものだからであろう。だがそれは、それを引き受ける俳優にとってはなかなか容易なことではない。
  「台本」と言う物の怖さは、そこに台詞が書いてあると何の疑いも持たずに口にすることができてしまう、と言うところにある。
  その結果、その台詞をなぜ言うのか、誰に言うのか、どんな気持ちで言うのか、どんな風に言うのか……と言った、人が喋る時に起こっている当たり前のことが後回しになってしまう危険性があるのである。

  『クールの誕生』の台詞は日常会話なので、ある程度のスピード感を持って喋りたい。が、「得意げに」とか「カッとして」とか「調子に乗って」とか「思わず」とか、「喋りたい何か」があった上でのスピードで無いと芝居としては意味がない。稽古初期にはそれが難しい。

  結構消耗するタイプの稽古だと思うのだが、皆さんタフだなあ。

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『クールの誕生』通信

7月24日(火)

  『クールの誕生』は3つの場面に分かれ、それに短いエピローグが付いている(予定)。今日は1場を少し丁寧に読んだ。

  『クールの誕生』の舞台は、オリンピックを翌年に控えた昭和38年(1963)の東京である。主人公は「東京堂物産」と言う弱小商社に勤めるサラリーマンたちである。
  日本は、太平洋戦争敗戦後20年足らずで驚異的な復興を遂げた。「もはや戦後ではない」と経済白書が書いたのが昭和31年(1956)、池田勇人内閣が国民所得倍増計画を打ち出したのが昭和35年(1960)である。そして日本は高度経済成長期に突入する。東京オリンピックは復興の総仕上げとも言うべきイベントであった。

  植木等さんが調子の良いサラリーマンを演じる喜劇映画『ニッポン無責任時代』が公開されたのが昭和37年(1962)である。クレージー・キャッツの皆さんが活躍するコメディ映画は以後10年に渡って続々と製作されることになるのだが、『クールの誕生』は、あの時代、あの世界と通じるものがある。

  明日も1場を稽古(予定)。

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『クールの誕生』通信

7月23日(月)

  稽古初日。

  何年この仕事をやっていても、稽古初日は緊張するものである。
  必要以上に早く目が覚め、必要以上に早く家を出、必要以上に早く稽古場に到着する。今日もその例に漏れない、いつもながらの稽古初日となった。

  稽古場に全キャストと関係者が集合。そして顔合わせである。
  まずは総合プロデューサーである渡辺ミキさんが、製作意図やこの公演に対する意気込みなどを、いつものように力強く述べられる。続いて作者である鈴木聡さんが、脚本遅滞のお詫びと作品解説を兼ねたちょっと長めのコメント。そして私も何か適当に喋り、スタッフ/キャスト/公演関係者のご紹介に移る。

  顔合わせの後は読み合わせ。
  読み合わせは、台本を頂いて以来頭の中で想像していた様々なことが目の前で実体化する、それはそれはエキサイティングなひと時である。特に今回は初めてご一緒するキャストの方も少なくないので、いつに無く新鮮な時間を過ごした。
  読み合わせ終了後は、鈴木聡さんによる「この後ドラマはどのように展開して行くのか」のレクチャー。台本はもう殆んど完成している。少なくとも鈴木さんの頭の中では。

  明日から立ち稽古に入る。「立ち稽古」と言うより、「立って位置関係を探りながら台本を読んでみる」と言う方が正しいかもしれないが。

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『クールの誕生』通信

7月19日(木)

  舞台美術の打ち合わせ。

  美術デザイナーの二村さんがラフなスケッチを書いて来て下さった。そのスケッチを見て、私はバズ・ラーマンが演出した『ラ・ポエーム』のセットを思い出した。二村さんがそのことを意識していたかどうかは聞きそびれてしまったのだが。
   『クールの誕生』には公式twitterFacebookページが設置されているのだが、そこに書き込まれているので書いてしまってもいいだろう。実はまだ台本が完成していない。現在鋭意執筆中である。何日か置きに、ある程度の分量がまとまった所で製作チームからメールで台本が送られて来る。
  台本が未完成な状態で打ち合わせを進行するのは久し振りである。が、演出を始めた頃はむしろそれが常態であった。そう言う意味で、この仕事では何だか初心な帰った様な気持ちになる。

  この歳になって、そんな帰り方はしたくなかったけど。

   『Chanson de 越路吹雪/ラストダンス』の公式ページでは髙平哲郎さんのラストダンス日記が始まった。こちらからどうぞ。

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全キャスト決定! 『シラノ』

  ミュージカル『シラノ』の全キャストが発表されている。こちらからどうぞ(最上部の「全キャスト決定!」部分をクリック!)。

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『クールの誕生』通信

7月17日(火)

  音楽の打ち合わせと衣裳の打ち合わせ。

  音楽を作ってくれるのは川崎晴美さんである。
  川崎さんはこのブログには何度も登場しているが、付き合いは三谷幸喜君の劇団「東京サンシャインボーイズ」の旗揚げの時からである。大学時代から、と言うことになるのでもう30年の付き合いである。恐ろしい。
  鈴木聡さんの脚本は、音楽についてのト書きが具体的であることが多い。今回は、タイトルからして『クールの誕生』である。鈴木さんの頭の中では、当然クールなジャズが鳴っている筈である。その、鈴木さんの頭で鳴っている音楽を想像しながらの、1回目の打ち合わせであった。

  衣裳デザイナーは木村猛志さんである。
  木村さんとは『青猫物語』(2008年9月/シアタークリエ)でご一緒した。『青猫……』では音楽の川崎さんとも一緒であった。
  以前、木村さんはご自分のことを「『テニスの王子様』からラッパ屋まで」守備範囲がとても広いのだ、とおっしゃっていたのだが、『クールの誕生』は、正にテニスとラッパ屋が一緒に来た様な芝居である。「まさか本当に一緒になるとは……」と、嬉しそうに、且つややあきれた風におっしゃった。
  『クールの誕生』は、東京オリンピックを目前とした時代のサラリーマンたちの活躍(?)を描くドラマである。当然、登場人物のほとんどは背広を着用することになる。サラリーマンたちの背広姿が「ドブネズミ」と揶揄されていた高度経済成長期の物語な訳であるが、それをどう視覚化するか。D-BOYSの面々をどんなドブネズミにするか。

  楽しみは尽きない。

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『王様と私』通信 ミュージカル・ツアー、スタート!

7月10日(火)

  多賀城市民会館は、小高い丘の上に立つお城の様な会館である。昨春の震災の時はここも避難所となったのだそうである。舞台上のコンクリートが落下し、舞台面も損傷したと言う。
  その話を聞かせて下さったのは、会館の管理を担当されている岸野由(ゆかり)さんである。実は、岸野さんと私は、20年近く前に演出部の仲間として何作品も一緒に仕事をした仲である。現在は多賀城市民会館の指定管理者としてこちらに勤務されているのだそうで、つまり20年振りの再会なのであった。
  思いがけず、嬉しい再会であった。

  さて、『王様と私』は13時開演であった。ゆうぽうとホールと比べると舞台も客席も小ぶりになって、アットホームな雰囲気の漂う会場であった。
  今日がデビューの東北の子供たちは一生懸命舞台を務めてくれた。昨日の舞台稽古では覚束ない部分も残っていたのだが、今日はしっかりとこなしてくれた。多賀城のお客様も温かくご観劇下さり、良い旅初日であった。

  王様御一行の旅は8月12日の大阪まで続く。道中が楽しく、そして安全であります様に!

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山田五十鈴さんのこと

  山田五十鈴さんが亡くなった。

  山田五十鈴さんは、間違いなく日本を代表する女優のおひとりであった。そのお人柄や眼を見張る様な経歴は様々な所で紹介されることと思う。それらのことについて語るのには、私は余りにも不適任である。

  私は演出部、演出助手時代に数本、山田五十鈴さんとご一緒した。『狐狸狐狸ばなし』『お游さま』『赤ひげ診療譚』などである。そして演出家になってからは『春朧(はるおぼろ)』(1999年10月/帝劇)を担当させていただいた。
  山田さんの演技はとにかく自然であった。映画やテレビでの話ではない。帝劇や旧・東京宝塚劇場といった大劇場において、である。台詞のスピードも速かった。とても近代的な俳優さんだったのだ、と私は思う。
  とてもナチュラルな演技であったにもかかわらず、舞台上の山田さんには雄大なスケール感があった。ユーモアも抜群であったし、幾つになられても舞台には匂い立つ様な色香が横溢していた。

  私にとって山田五十鈴さんを演出させていただいた経験は、何物にも代え難い、宝石の様な大切なものである。

  謹んでご冥福をお祈りいたします。

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『王様と私』通信 みちのくひとり旅編

7月9日(月)

 

  多賀城(たがじょう)に来ている。

 

  宮城県多賀城市は、仙台からJR仙石線(せんせきせん)の快速でひと駅、20分ほどの距離にある街である。「ハロー・ミュージカル!  プロジェクト」のミュージカル・ツアー第1弾王様と私は東京・五反田のゆうぼうとホールでの公演を終え、ここ多賀城から、いよいよ旅の行程に突入する。

   『王様と私』に登場する子供たちは、ダブル・キャストならぬクワトロ・キャストになっている。つまり全部で4チームの子供たちがいて交代で出演しているのであるが、東京公演ではその内の2チーム、「空」と「海」の子供たちが出演していた。
  多賀城から先の東北・北海道での公演には残りの2チーム、「青葉」と「七夕」の子供たちが出演する。「空」と「海」の子供たちは東京でオーディションされた子供たちで、「青葉」と「七夕」は仙台のオーディションで選ばれた東北在住の子供たちなのである。

 

  今日は午後イチから半日をかけて、「青葉」「七夕」両チームの舞台稽古であった。
  彼ら、彼女たちは、今まで何カ月にも渡って稽古を続けては来たのだが、衣裳やマイクを付けて、実際の舞台セットの中で、本番同様の照明、音響で演じるのは今日が初めてである。松平さんや紫吹さんとお芝居をするのも今日が最初なのである。
  なので、(予定通りではあるのだが)舞台稽古は結構長時間に及んだ。まだまだ小さい子供たちもいるのだが、みんなとても頑張ってメニューを消化してくれた。

 

  明日は13時から本番である。嬉しいことに残席も僅かとなっている模様である。
  舞台上で光り輝く「青葉」「七夕」の子供たちが、東北、そして北海道のお客様たちに、喜びと感動を届けてくれることを願ってやまない。

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『クールの誕生』通信

7月8日(日)

 クールの誕生の打ち合わせへ。

  『クールの誕生』は、「D-BOYS STAGE」改め「Dステ」の11回目の公演である(D-BOYSについてはこちらをどうぞ)。脚本は鈴木聡さんの書き下ろしで、D-BOYSのメンバーを中心に、ラッパ屋の俳優さんなどベテラン俳優たちが絡む。
  今日は舞台美術を中心とした打ち合わせで、鈴木さんを始め、舞台美術の二村周作さん、照明の佐藤公穂さん、舞台監督の堀吉行さん、演出助手の相田剛志さん、そして製作チームの皆さんが集まった。

  鈴木聡さんとの仕事は『謎の下宿人~サンセット・アパート~』『ハゲレット』『ザ・ヒットパレード~ショウと私を愛した夫~』に続いて4作品目である。今回は、1960年代の東京を舞台としたサラリーマンたちの群像劇である。
  タイトルの『クールの誕生』であるが、これはジャズ・ミュージシャンのマイルス・デイヴィスが1940年代の終わりに製作したアルバムのタイトルに由来している。
  「クールの誕生」がクール・ジャズを生み出した様に、『クールの誕生』も新しい何か生み出す芝居になれば、と思っている。

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公式ページ リニューアル!

   『Chanson de 越路吹雪/ラストダンス』の公式ページがリニューアル。

  初日に向けて、今後充実したページになって行きそうである。シアタークリエ以外での公演情報も掲載されているので、どうぞ覗いてみてください。

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初日! 『王様と私』通信

7月3日(火)

  昼から2回目のゲネプロ。ダブル・キャストのタプチムと子供たちは、今日初日を迎えるはいだしょうこさんと「空」チームであった。

  そして初日。

  朝はあんなに良い天気だったのに、開場時刻には生憎の雨となっていた。梅雨だから仕方がないが、お足下の悪い中をご来場下さった皆さん、本当にありがとうございました。
  今回は、大変な困難を極めた、とか、苦しみに苦しみ抜いて生み出した、と言う種類の仕事では無かった。が、幕が下りた時の気持ちには、やはり特別のものがあった。
  先日、トニー賞の授賞式の中継を見た時も似たような感慨に耽っていたのだが、突き詰めれば、私たちの仕事はとても誇らしい仕事である、と、そんなことを感じたのだと思う。

   日本での『王様と私』の上演史は1965年の梅田コマ劇場公演から始まる。それから47年。その歴史にまた新しいページが加わった。温かいお客様にも恵まれて、良いことの記された1ページとなった。

  これで『王様と私』通信は終了です。お付き合いくださってありがとうございました。次は『クールの誕生』通信。そちらもどうぞよろしく。

  ブロードウェイ・ミュージカル『王様と私』。東京公演は7月7日まで五反田のゆうぽうとホールにて。その後、北海道から大阪まで、各地を回ります。これも新しい1ページ。

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『王様と私』通信

7月2日(月)

  そして今日もまた「ゆうぽうと」へ。

  スタッフは朝から仕込み。きれいに全部バラした舞台を元通りに飾り込む。そして18時より通し舞台稽古(ゲネプロ)。今日はタプチム=平田愛咲さん、子供たちは「海」チームであった。

  ロジャース&ハマースタインのミュージカルの大半は映画化されている。それらは今日でも比較的容易に入手、観賞することが可能である。
  最も人気があり、且つ成功したのは『サウンド・オブ・ミュージック』(ロバート・ワイズ監督/1965)であろうが、『王様と私』(ウォルター・ラング監督/1956)も、『南太平洋』(ジョシュア・ローガン監督/1958)や『オクラホマ!』(フレッド・ジンネマン監督/1955)と並んで長年に渡って多くの人々に親しまれて来た。
  王様役はブロードウェイのオリジナル・キャストでもあるユル・ブリンナー(この役でアカデミー主演男優賞を受賞)、そしてアンナはデボラ・カーである。
  舞台をご覧いただいたら、映画版もご覧いただくと良いだろう(もちろん、その逆でも)。ロジャース&ハマースタイン作品のDVD/ブルーレイには製作秘話や音声解説などが付属している物も多いので、作品の背景などをより詳しく知ることができる。

  さて。

  明日の夜はいよいよ初日。その前にもう1回ゲネプロ。

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『王様と私』通信

6月30日(土)

  そして今日も「ゆうぽうと」へ。

  朝イチから2幕のテクニカル・リハーサル。後、2幕の舞台稽古。予定のメニューを無事に終える。
  今回は大変特殊なケースなのだが、稽古終了後、大道具も照明も音響も、一旦全てを撤収する。明日(7月1日)の「ゆうぽうと」に別の催しが入っているからなのであるが、なので楽屋も今日で一旦引き払う。
  と言う訳で、明日は稽古は休み。明後日(7月2日)、スタッフは改めて全てをイチから仕込み、そしてその後ゲネプロの予定。

  二度手間でちょっと大変ではあるが、この先のツアーの予行演習だと思えば、これも案外悪くない。

  ……と思う。

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