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2006年8月の記事

『プライベート・ライヴズ』通信

8月30日(水)

 稽古場最後の通し稽古。

 8月1日から過ごして来たこの稽古場とも今日でお別れである。この稽古場へは、気が向くと私は自転車で出勤していた。公共交通機関を使っても効率がよくないのと、そもそも歩いても30分、自転車なら15分で到着できるからである。西川さんとともさとさんも自転車通勤仲間であった。

 思えば、随分と遠くまで来たものである。自転車の話ではなくてこのチームのことであるが、稽古初日の、久世さん、葛山さん、ともさとさん、西川さんと呼び合っていた一同が、今ではのんちゃん、しんちゃん、ころもちゃん、王子・・・である(詩梨さんは詩梨ちゃんになっただけだが)。出自の全く異なる俳優たちであるが、違うことの良さを残しながらも今では見事なアンサンブルになっている。
 『プライベート・ライブズ』もそんな所まで辿り着いた、という話である。

 明日からは劇場に移動する。稽古は2日間休みで、まずはスタッフ・ワークである。

 ※お詫びと訂正/昨日は白ではなくてピンクでした。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月29日(火)

 衣裳付きで通し稽古。

 稽古前にそれぞれの衣裳を着用して、寸法や着心地などを確認し、更にヘアや帽子など付帯する物の調整も行った上で稽古に入る。大抵の現場ではこの作業は劇場に移動してから行うことが多いのだが、この段階でやれるのはとてもありがたい。
 まだ明日も稽古場での稽古が残っているので、俳優たちは扮装した状態を理解した上で芝居を修正することができるし、スタッフサイドでは芝居の中で起こる不具合を具体的に把握して、それを舞台稽古までに解消することができる。劇場に入ってからの貴重な時間も節約できて、正に一石三鳥なのである。

 初日まで1週間を切った。詩梨ちゃんのラッキーカラーは白。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月28日(月)

 通し稽古を2回連続でやってみる。

 1日に通し稽古を2回やることは余りないのだが、本番が始まれば2回公演の日だってある訳だし、やってみた。以前『ハゲレット』の稽古時にも試したことがあるのだが、俳優の負担が大きい作品の場合に、俳優の方から試してみたくなる様である。
 1日に2回は体力的にはもちろんしんどいのだが、逆に言うと、無駄な力が抜けて演技が軽快になる。その分表現もシンプルになり、かえって説得力が増すこともある。それに同じ芝居を続けてやることで、手順は定着し、ミスは解消されやすい。

 それでも芝居をやるだけで5時間である。王子になつきたくもなるのである。

※註  まず8月26日付の顔を洗って出直しますを読み、次に8月28日付の稽古場リポートを読むと、上の一見意味不明な文章の味わいが深くなります。

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『TDV』通信 最終回

8月27日(日)

 大勢のお客様にご来場頂いた『ダンス・オブ・ヴァンパイア』も遂に千秋楽。当日券を求める列には1.200人の方が並ばれたという。

 どの劇場にも「監事室」と呼ばれているガラス張りの小部屋があって、劇場関係者はその部屋から舞台を監視することができる様になっている。帝劇でも1階席の最後尾に監事室があり、今日の千秋楽は私もそこで、竜真知子さんやウェッシー、歌唱指導の矢部さん、演出助手の小川さんなどと一緒に観劇した。

 そして特別カーテンコール。30分程も続いたであろうか。駒田さんの司会により主要キャストのコメントなどもあり、大いに盛り上がったひとときであった。
 カーテンコール終了後、舞台袖にて関係者全員で手締め。2ヶ月にわたったTDVサマーはようやく終わりを告げたのであった。

 楽しい『ダンス・オブ・ヴァンパイア』の中で、何故クコールだけが無惨な最後を迎えるのか。そう質問されたことがあった。
 吹雪の中でオオカミに噛み殺されるのは、クコールにとってももちろん本意ではないだろう。しかし、では果たしてあそこで生き延びたとして、クコールの生涯は幸福なものになったのだろうか。
 クコールは自分を不幸だったとは考えてもいなかったであろうが、人間として生を受けたクコールが人間の世界では生きて行くことができず、伯爵の元に辿り着いた後も一族として迎えられることはなかった。
 クコールには不本意な最後だったのかもしれないが、あの物語の中では、クコールの最後は恐らく唯一のハッピーエンドだったのではないだろうか。

 果てなく続くあの物語の中で、終わりを迎えることができたのは唯一クコールだけだったのだから。

 何事にも始まりがあり、そしてそれはいつかは終わる時が来る。『ダンス・オブ・ヴァンパイア』が終わってしまうのは寂しいが、終わりがあったからこそ2006年の『ダンス・オブ・ヴァンパイア』は輝いたのではないかと思う。

 上演に関わった全ての皆さん、そしてご覧くださった全ての皆さんに感謝します。いつかまた、どこかで再会できることを願って『TDV』通信を終えることにします。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月26日(土)

 初の通し稽古。その前に、渥美さんにアクション・シーンをチェックして貰う。ちょっとしたタイミングや微妙な位置の修正で、迫力もリアリティも楽しさも格段に増す。餅はやはり餅屋である。

 そして通し稽古。これを見る為に、松井るみさん、高見さん率いる照明チーム、高橋さん率いる音響チーム、河村さん率いるヘアメイクチームなど、本番の為のスタッフも大挙して現れた。
 途中休憩を挟んで2時間20分余り、初の通し稽古は無事終了。細かなアクシデントは幾つもあったが、それを含めても今日の出来は「無事」の範疇であろう。

 稽古後、いつもの様に駄目出し。いつもと違ったのは駄目出し時間の長さ。私の悪い癖なのだが、稽古の最終段階になってようやく気になる所が見えてくるので、駄目出しが突如として長くなるのである。
 稽古を重ねて芝居の完成度が高まって来ると、そこに欠けているもの、上手く噛み合っていない点が自ずと姿を現すのでそうなってしまうのだが、なので、芝居が不出来だった訳ではないので俳優の皆さんは不安にならない様に。むしろ出来が良かった証拠なのだから。

 稽古後、ともさとさんと詩梨さんの仮縫い。ともさとさんはどこから見ても良家のお嬢様に、詩梨さんはどこから見てもパリジェンヌに、それぞれ大変身。
 仮縫いと平行して、舞台監督の舛田さん、照明の高見さんと照明&進行打ち合わせ。劇場入りが近付くとソワソワして来る私の中の「現場大好き虫」が、どうやら活動を始めたらしい。

 そして今日はレバノン料理。ただし私はベリーダンスには間に合わず(「顔を洗って出直します」「稽古場リポート」参照)。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月25日(金)

 冥王星が惑星ではなくなった。

 「惑星は水金地火木土天海冥」と、物心付いた時から教わって来たのに、これからはそうじゃありませんと言う。ちょっと不思議な感覚である。仲良し兄弟の末っ子が、ある日お母さんにこっそり呼ばれ、「おまえは実は本当の子じゃなかったんだ。20年前の雪の日にね・・・」と言われた時の感覚はこんなかもしれない。
 でも、これくらいのことで冥王星にはくじけたりしないで欲しいと思う。冥王星はアヒルではなくて白鳥だったのかもしれないのだから。・・・って、どうでも良いかそんなこと。

 さて、『プライベート・ライブズ』は1、2、3幕を稽古。今週は各幕を個々に稽古して来たのだが、今日はそれを1日でやってみる、と言うことである。初日まで10日となったが、この時期としてはとても順調なペースであろう。
 至極当たり前のことなのだが、芝居は日々面白くなっている。8月19日に同じ様な内容の稽古をした時より格段の進歩である。

 明日はいよいよ1回目の通し稽古、他にも盛り沢山。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月24日(木)

 3幕の小返しと通し。

 2幕と3幕はどちらも40分足らずの場面である。なので、今回の上演では2幕と3幕の間には休憩は入れないことにした。休憩は1幕と2幕の間の1回だけである。
 以前(8月3日付の記事)も触れたが、『プライベート・ライブズ』の舞台は1幕がフランスの高級避暑地、ドーヴィルに建つホテルのテラスで、2、3幕はパリにあるアマンダのアパートの1室である。当然のことながら、1幕と2幕の間には舞台美術の転換が行われることになる。

 再三お伝えしている通り、今回のステージは360度客席に囲まれている。なので舞台転換も360度、あらゆる角度から見放題である。

 ・・・って、別に「見せる舞台転換」になっている訳ではないので、期待しない様に。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月23日(水)

 2幕の小返し。そして最後に2幕の通し。

 エリオットの新妻・シビル役のともさと衣さんがホームページを持っていて、ぴらのへや。』と言う。ぴらのへやの「ぴら」はピラニアのピラであるらしい。『プライベート・ライブズ』の稽古が始まって以来初めて更新されたので、ご紹介しておこうと思う。
 ただし内容の充実度では、諸先輩のブログに一日の長がある様に思われる。今後の精進に大いに期待する所である。

 そのブログの先輩のひとり、西川さんの稽古場リポートであるが、日々のタイトルの付け方が「○○と△△と『プライベート・ライブズ』」という形になっていて、それが私は大好きだった。
 このフォーマットでタイトルが付けられた最初は8月14日付の記事で、その日のタイトルは「お盆と停電と『プライベート・ライブズ』(西川浩幸)。」であった。

 あ、末尾に

 (西川浩幸)。

 なんて物が付いている。いま気がついた。
 これも好きだなあ。
 これが付いているのは8月14日だけだ。
 また付ければいいのに。
 これはプロトタイプと言うことなのだろうか。
 本人的には気に入らなかったのかもしれない。
 どうだろうか。

 閑話休題。

 だが、最新の8月23日付の記事ではそのフォーマットが崩されている。気になって調べてみると、このフォーマットが崩されている回が過去に1回だけあり、それは8月18日付の記事「お疲れ?『プライベート・ライブズ』」であった。
 この2つの記事を書いた時の西川さんの心理状態に何か共通点を見つけることができるだろうか。23日の記事は心なしかいつもより文章にも統一感がない様にも感じられるが、演技上のことで何か行き詰まりを感じているのだろうか。

 そうでなければよいのだが。

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『プライベート・ライヴズ』通信 祝・飯島先生ご復活!

8月22日(火)

 昨日に続いて1幕の小返し。後半を整理した後、1幕を通す。

 前回1幕を通した時(8月10日)と比べると5分ほど短縮された。それだけ会話が噛み合い、芝居にメリハリが付いたと言うことである。
 芝居にスピードが出て来ると、不思議なことにそれだけでストーリーが盛り上がっている様に見えるし、登場人物も生き生きとした魅力的な人物に見えて来る。

 芝居のスピードを上げるために俳優は集中を強いられているし、その集中を持続する為にテンションも上がっている。当然俳優は、その為にいつも以上にエネルギーを費やすことになるのだが、5%スピードを上げるために俳優が費やすエネルギーは、プラス5%という訳にはいかない。倍のエネルギーは必要になるだろう。
 しかし費やされた倍のエネルギーのお陰で、俳優は実際に生き生きとし、舞台には良い緊張感が生まれるのである。そしてもうひとつ、スピードが上がったと言うことは、説明的な演技が排除された結果でもある。

 スピードを上げることは芝居の目的ではない。だが、その副産物として様々な良い現象が現れるので、1幕が5分短かくなったことは大変な進歩を意味するのである。

 あ・・・飯島先生に触れてないや。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月21日(月)

 1幕の小返し稽古。

 小返し(こがえし)とは、「ひとつの場面を幾つかに区切って繰り返し稽古すること」の業界用語である。Wikipediaに拠ると、単に「返し」と言う、ともある。

 先週までで終幕までの段取りは一通り付いた。が、それはあくまでも段取りでしかない。なので今週は、細かなニュアンスや間合いなどをもう一度確認しながら、人物像や感情などを洗練させて行くために小返し中心の稽古を組んである。
 予定では、今日1日掛けて1幕をさらうつもりだったのだが、やり始めると欲が出て「もう1回」と言うことになってしまい、今日は1幕前半の小返しで終了。予定を変更して明日も1幕中心の小返しをすることに。

 『プライベート・ライヴズ』は、比較的稽古スケジュールに余裕があるので、稽古初期の読み合わせなども、いつもの私の現場より多めにやることができた。今週も、先を急がずにやってみようと思う。

 ところで、西川さんの稽古場リポートが元のスタイルに戻って、その日の内に更新されている。稽古後に黙々とパソコンに向かう西川さんを見て、私は西川さんを残して先に帰宅することができなかった。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月19日(土)

 飯島さんから稽古場にFAXが入った。どうやら飯島さんは風邪っぽくて病院に行ったらしい。心配して帰宅し、顔を洗って出直しますをチェックすると・・・。
 飯島さん、くれぐれもお大事に。

 稽古は1幕、2幕、3幕を順番に。

 懸念された1、2幕も、想像していた程には混乱せず、ほぼ順調に流れたので一安心であった。
 この時点で全場面を当たるのは、俳優に全体の仕事量を掴んで欲しいのと、場面と場面の繋がりを再発見して欲しいからである。もちろんスタッフ・サイドも現時点での進行をチェックできるので、その為でもある。
 今日は照明の高見さんが来てくれたので、稽古の合間に照明デザインについても意見交換。

 稽古後、久世さんの衣裳の仮縫い。『プライベート・ライヴズ』では久世さんの色々な姿を見て頂けるはずである。衣裳も、衣裳以外にも。

 毎週土曜日の稽古後は俳優たちの食事会が定例化している。中華、韓国と来て、今日はインドネシア料理であった。

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『ジキル&ハイド』再演決定!

 ミュージカル『ジキルハイド』の再演が発表された。

 今度の再演で4演目となる『ジキルハイド』だが、会場は今回もお馴染みの日生劇場である。東京公演は2007年4月5日~29日で、引き続き大阪と名古屋での公演も予定されている。鹿賀さん、マルシアさん等お馴染みのメンバーに、今回も新しい顔触れが加わることになっている。

 この発表でひとつだけ残念なのは、これが鹿賀さんの『ジキルハイド』ファイナル公演になる、と言うことである。

 ファイナルに相応しい、最高の『ジキルハイド』をお見せできる様に最善を尽くしたいと思う。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月18日(金)

 一路真輝さんがおめでただそうである。『アンナ・カレーニナ』で一路さんと一緒だった葛山さんは全然気づかなかったらしい・・・。それはともかく、元気な赤ちゃんが生まれます様に。

 さて、予定通り3幕を稽古。

 『プライベート・ライヴズ』は1幕、2幕・・・と、幕が進む毎に上演時間が短くなる。3幕は、始まってしまえば40分とかからない。昨日の稽古場リポートで西川さんが、稽古の終わりに3幕を通すことになった顛末を記しているが、あなたが演出家だったとしても昨日の終わりには3幕を通したはずである。
 今日も葛山・久世組のアクション・シーンをさらった後(これは日課になっている)に先ず3幕を通し、それから3幕の抜き稽古、最後にもう1度3幕を通す、と言うメニューであった。
 お陰で3幕は随分とこなれてメリハリも付いて来たが、その代償として1幕、2幕のことはほとんど忘却の彼方である。明日は1、2幕に戻って思い出しをしてみようと思う。

 思い出せるだろうか。

 稽古後は衣裳合わせ・男性編。衣裳デザイナー・黒須はな子さんの指揮の下、葛山さん、西川さんに用意された衣裳の候補を着用して貰う。お2人とも実にエレガント!

 今日は飯島さんがいなかったせいか、穏やかな灯が消えた様な稽古場であった。明日は来てくれるだろうか。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月17日(木)

(この項、昨日より続く)

 どうやら西川さんは、稽古終了後に稽古場に残って稽古場リポートを書くことに疑問を感じ始めていたらしい。
 読者のためを思って、その日の出来事をその日の内に、と言う西川さんの真摯な思いも、それを喜ぶ読者たちの顔が見えない状態での執筆では、執筆している間に共演者やスタッフが先にどんどん帰宅してしまうことの寂しさには勝てなかったのである。

 と言う訳で、稽古場速報の様な『稽古場リポート』を楽しみにしていた皆さんには申し訳ないのだが、これからは『プライベート・ライヴズ通信』(翌日の午前8時前後)、顔を洗って出直します(翌日の9時前後、時に不規則)、稽古場リポート翌日の昼過ぎ)の順番で更新されるはずである。

(この項、終わり)

 さて、昨日に引き続いて今日も3幕を稽古。そして、とりあえずはラストシーンまで辿り着いた。もちろんまだ手順の着いてない場面も残っているし、そもそも俳優たちが、今までやってきたこと全部を暗記しているとも思えない。
 が、とにもかくにも、幕開きから幕切れまで一通りは場面を追いかけた。絶頂からどん底まで、登場人物たちがどこまで行く必要があるのか、それは理解できただろうと思う。

 明日はもう1日3幕を稽古。そして衣裳合わせ。

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『TDV』通信

 宣伝のカリスマ氏から嬉しいコメントが届いた。

 宣伝のカリスマ氏は、東宝の『TDV』ブログの愛読者にはお馴染みのはずだが、東宝演劇部宣伝室室長の飯田眞一さんである。
 宣伝のカリスマ氏からのコメントは8月16日付けの『プライベート・ライヴズ通信』に寄せられているのだが、千秋楽まで10日を残して『TDV』のチケットが完売した、と言うことであった。

 この仕事をしていると嬉しい瞬間は色々とあるが、チケットの完売もその一つである。
 チケット完売の公演は珍しくないかもしれないが、『TDV』は帝劇で2ヶ月の公演である。帝劇のキャパシティはオケピットを使用すると1.826名で、『TDV』は2ヶ月で80ステージだから、チケットの総数は146.080枚になる。
 初日前に完売した訳ではないのでその数のチケットが動いた訳ではもちろん無いのだが、大劇場での演劇興業が曲がり角に来ていると叫ばれる中での完売は、興業会社に所属する者のひとりとしては、やはり嬉しい出来事なのである。

 何はともあれ、ご来場頂いた皆さんのお陰です。本当にありがとうございました。

 打ち上げのお酒も美味しく飲めそうです。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月16日(水)

 飯島さんが大変なことになっている(顔を洗って出直します)。16日の記事は、あれ本当に携帯から打ったらしい。恐らく飯島さんは、追い込まれれば追い込まれる程アドレナリンが分泌されて生き生きとして来るタイプなのであろう。
 今日も汗みずくで稽古場に到着して、起動しなくなった自宅のパソコンから『プライベート・ライヴズ』のプログラム向けの様々な原稿が取り出せないことを詫びると、一心不乱に稽古場のパソコンに向かい始めた。どうやらパソコンから取り出せない原稿を頭の中から取り出すつもりらしい。

 しばらく稽古を進めて気づくと、さっきまで首に掛かっていた飯島さんのタオルが頭に巻かれている。いわゆる「捻り鉢巻」である。今ではほとんど見掛けなくなった捻り鉢巻だが、これは「サザエさん」などでは、「しゃかりきになって何事かに取り組んでいる人」を表す表現であった。意地っ張りで頑固な波平さんが、引くに引けなくなって、それでも見栄を張って、ふうふう言いながら何かに取り組んでいる時などに頭に巻かれる物であった。

 それを飯島さんが、オシム・ジャパンのユニフォームとお揃いのブルーのタオルで、21世紀の今日に再現しているのである。これはもう21世紀のサザエさんである。

 聞けば、飯島さんのお宅は、実はパソコンが起動しない以上の想像を絶する出来事にも襲われていたらしい。そりゃ捻り鉢巻のひとつもしたくもなりますわなあ。

 ところで、飯島さんの『顔を洗って出直します』私の『プライベート・ライヴズ通信』、西川さんの『稽古場リポート』の中で、更新されるのが最も早いのは西川さんのページである。西川さんは、稽古が終わるや否や稽古場からリポートをUPしているのである。
 今日も稽古が終わると、西川さんは早速パソコンに向かいリポートを書き始めた。だが、どうもいつもと様子が違う。ディスプレイを見つめる眼差しにも、キーボードを打つ指先にも、心なしか力がないのである。

 案の定、今日のリポートは未完であった。文末が「続く」となっている。何がどう、どこに続くというのだろうか。

 (続く)

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月15日(火)

 稽古の前半は昨日作ったアクションのおさらい。

 こういう場面は、目の前で起きたことに体が咄嗟に反応した様に見えて来ないとつまらない。そう見えるためには、繰り返し繰り返し動いて体で覚えるしかないのである。
 「こんなに汗をかくのは、どこか悪いんですかねえ」などとこぼす葛山さんは、それでもラブシーンよりも生き生きとしている。

 後半は3幕に突入。

 1幕では擦れ違っていた4人の登場人物が、3幕では一堂に会することになる。元夫婦・現夫婦が入り交じっての悲喜こもごもが騒々しく展開して行くのである。

 西川さんとともさとさんにとっては8月10日以来の出番である。連日新しい場面に取り組んでいる葛山・久世チームがややいっぱいいっぱいなのに比べると、西川・ともさと組には余裕が感じられる。まだ台詞もうろ覚えの葛山・久世組への当てつけか、西川・ともさと組は最初から台本を離している。
 台本を離していると言えば、稽古開始から2週間目にしてようやく最初の出番を迎えた詩梨さんも台本を持たずに登場した。が、まだキャラクターも確定していない引け目でもあるのか、西川・ともさと組ほどの余裕は感じられない。

 明日はどのチームが巻き返すであろうか。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月14日(月)

 

 停電の被害に遭われた方はいらしただろうか。我が家は無事だったのだが、葛山さんのお宅は止まったそうだ。それもシャワー中に、しかも泡だらけの時にお湯が出なくなったらしい。

 

 さて、きょうは盛り沢山な1日であった。

 詳しく書くとネタバレになってしまうので余り触れない様にするが、まずは葛山さんが××××の手ほどきを受ける。次にフランス人メイド・ルイーズ役の詩梨さんがフランス語の特訓を受ける。正確に言うと、「フランスなまりの英語」と言う設定の日本語をフランスなまりで喋る特訓を受ける。

 

 稽古は、2幕の今までに当たった場面ををさらった後、2幕の最後に用意されているエリオットvsアマンダのアクション・シーンを作る。アクション・コーディネイトは渥美博さんである。
 渥美さんは『浪人街』の演劇史に残る殺陣を作り出した人物で、今年は『ハゲレット』でも素晴らしい剣劇場面を作ってもらった。渥美さんのアクションはスピードが速いことと手数が多いことが特徴なのだが、幸い葛山さんも久世さんも身体能力に優れた俳優なので、渥美さんも安心して色々な技を盛り込んでいる。当然ながら俳優は汗びっしょりである。

 

 葛山さんのお宅のお湯が復旧していると良いのだが。

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『GWTW』通信

8月13日(日)

 GWTWは“one ith he ind”の頭文字を並べた『風と共に去りぬ』の略称である。私の創作ではない。ハリウッド映画の内幕本などに登場している。これほどの歴史的作品になると、頭文字だけで通用してしまうのである。

 で、博多座の10月公演がミュージカル『風と共に去りぬ』なのである。今日はその舞台美術の発注。帝劇の稽古場に、美術デザイナーの堀尾さん、照明デザイナーの服部さんをはじめ、演出部の皆さん、博多座の皆さん、そして大勢の業者の皆さんが集まった。
 ご存じの通り、『風と共に去りぬ』はマーガレット・ミッチェルの大河小説が原作である。我々のミュージカル版も原作同様スケールが大きく、なのでセットの数もそれなりになる。今日も深夜まで、6時間を費やしての発注であった。

 発注後、あまりの空腹に絶えかねて、午前0時を回っていたにも関わらず、堀尾さん、服部さん、美術助手の尼川さん等と何かを食べに行く事になった。そうは決めたものの、オフィス街の日曜日、しかも深夜、しかもお盆である。当然の事ながら辺りはいつもの日曜深夜以上に静まりかえっている。
 JRのガード下にようやく開いている店を見つけ、歩道に面した青天井の席に腰を落ち着けた。青天井と言っても、見上げれば煉瓦造りの山手線のガードなのだが。

 この店は昭和3、40年代頃の飲み屋を模した作りで、ガード下の壁にも古い娯楽映画のポスターなどがベタベタと貼ってある。それに並んでベージュの、ロマンティックなイラストの描かれたポスターが・・・。

 『プライベート・ライヴズ』のポスターであった。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月12日(土)

 2幕の前半をさらい、更にその続きを稽古。

 昨日も触れたが、2幕では葛山さんと久世さんは2人っきりで出ずっぱりである。1幕だってまだ手の内に入っていない段階なのに、2幕の膨大な台詞と格闘している。
 他のお仕事があって今日は稽古場に来られなかった飯島早苗さんに変わって報告するならば、しんちゃんは今日も始まる前から死にそうな顔であった。だが、芝居は確実に進化している。その証拠に昨日「ごめんなさい」を連発していた場面のおさらいで、今日は「ごめんなさい」が1回しか出なかった。

 のんちゃんは今日はなかなか台詞が入らず悪戦苦闘していた。何しろ連日新しい場面の稽古があるので、でもそれは仕方がない。
 駄目出し中、一瞬のんちゃんの意識が遠のいた。こういうのんちゃんはちょっと珍しい。のんちゃんかわいい。のんちゃん持って帰りたい。

 スタッフワークも順調に進行している。昨日、今日と稽古前に衣裳の打ち合わせ。生地を決めたり、作りの確認をしたり。
 今日の稽古後は音響打ち合わせ。どの場面にどんな音を入れるのか、円形劇場での音像のあり方は、などを話す。音響デザイナーは高橋巖さんである。

 打ち合わせを終えて俳優たちとの食事会に合流。その時の様子は、稽古には来なかったが食事会には来た飯島早苗さんが報告してくれるはずである。

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コメントの扱いについてのご報告

 このブログでは、5月21日付の日記以降、コメントは「受け付けない」設定として来た。思う所があってそうしていたのだが、本日よりコメントを「受け付ける」設定に戻そうと思う。ただし、コメントは原則として公開しない。

 私は常々、日本の演劇の現場を活性化するために必要な事は何なのかを考えて来た。作り手側からの情報発信ももっと積極的に行われるべきだろうし、作り手と観客が相互交流する場にも可能性がある様にも感じていた。
 ブログを始めた理由はそれだけではないが、それを実行に移す良い機会でもあったので、昨年の2月より、まずはSo-netで、今年の4月からはココログで、細々とではあるがブログを続けて来たのである。

 「作り手と観客の相互交流」という点に関して、ブログの持っている機能をどう使えばそれが演劇界の活性に繋がって行くのか、今の段階では私には良い解答が見つかっていない。以前の設定を変更してコメントを「受け付けない」様にしていたのも、その辺りに理由がある。
 が、ここでもう一度、コメントを「受け付ける」事を通して、より効果のあるブログの活用方法を探ってみたいと思うに至った。幸い、現在進行中の『プライベート・ライヴズ』が、同時に3人の人間がブログを使ってそれぞれのスタンスで情報発信している、と言う好環境がある。その好環境が、「ブログで何か新しい展開ができるのではないか」と感じさせてくれた事も、コメント受け付け再会の理由のひとつである。

 お寄せ頂いたコメントは原則非公開のつもりではあるが、「公開しても差し支えない」と言う方は、その旨を記しておいて頂きたい。そのコメントを公開する事が健全な議論を呼ぶであろうと判断した場合は、積極的に公開させて頂こうと思っている。
 本心を言えば、コメントの初期設定は「公開」にしておきたいのであるが、今はこれが精一杯の処置であろうと考えている。どうかご理解頂きたい。

 何はともあれ、どんな内容のものでも結構です。どしどし、忌憚のないコメントをお寄せください。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月11日(金)

 1幕の稽古をひとまず終えて、2幕の立ち稽古に入る。

 2幕はほとんど葛山さんと久世さんの2人きりで進行する。2人きりという事は、当然台詞の量も覚える手順もそれだけ多いという事なので、2人の負担は相当なものである。が、幕ごとに趣向が変わるのは、観ている方にとってはかなり楽しい。

 2幕では、2人の様々な表情を堪能していただけると思う。愛し合う2人、言い争う2人、こんなことをする2人、あんなこともする2人・・・。
 葛山さんと久世さんの演じるエリオットとアマンダは、相手を愛するにせよ傷つけるにせよ、とにかく感情の起伏が激しいのである。毎回毎回それを新鮮に演じなければならない俳優は本当に重労働だが、観ている方にとっては、やはりかなり楽しい。

 今回の「円形ステージ」と言うスタイルが、その楽しさを増幅してくれる。客席が360度舞台を囲っていると言う環境は、どの角度からもどの瞬間も、何かが見えない、誰かが後ろを向いている、と言う状態を観客に強いるのだが、その環境が観客を、何か他人の私生活(プライベート・ライフ)を覗き見しているような気分にさせるのである。

 殊に2幕ではその感が強くなるのではないだろうか。

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『TDV』通信 祝・CD発売!

 『ダンス・オブ・ヴァンパイア』のハイライト・ライヴ録音版CDの発売が決まった。詳細は東宝の『TDV』公式ページの最新情報をご覧頂きたいのだが(こちらからどうぞ)、ハイライトながら2枚組である。

 初日をご覧になったオリジナル版の音楽スタッフから「世界で一番音の良い『TDV』」とのお墨付きを頂いた帝劇版である。ご期待頂きたいと思う。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月10日(木)

 稽古前に照明の実験と大道具の発注。

 今回の舞台デザインでは、1幕の「ホテルのテラス」には大きなパラソルが据えられている。キャンバス地の、ビーチパラソルの様な物なのだが、デザイン上のポイントでもあるこのパラソルも、照明デザイナーにとっては厄介な代物である。本来こういったパラソルの目的は日陰を作り出す事にある。なので、その下に俳優が入れば、当然ながら通常の舞台照明は遮られて表情も暗くなってしまう。
 それを回避する手法については8月5日の照明打ち合わせで幾つかのアイデアが出ていたのだが、そのアイデアを、実際に稽古場に照明機材を持ち込んで検証してみたのである。結果は悪くなかったので一安心。

 稽古は1幕のおさらいとその続き。これでとりあえずは1幕の最後まで辿り着いた。

 1幕の登場人物は4人。だが4人が同時に登場する瞬間はない。ほとんどの瞬間、舞台上に登場するのはカップルである。そして時折、事情があってそのカップルの相手が入れ替わる。
 ここまでとても順調に稽古が進んできた印象があったので、稽古の最後に思い切って1幕を通してみた。やはり全体が繋がると俳優たちのテンションも自然と上がってとても面白い。飯島早苗さんの上演台本ではキャラクターと伏線がとても丁寧に書かれているのだが、通して見るとそれが生きて来る。
 今回、飯島さんと組めたことは本当に幸いであった。稽古場でも一番笑ってくれているし。

 PARCO劇場公式ブログでは西川浩幸さんによる『プライベート・ライヴズ』の稽古場リポートが始まった。飯島さんの「顔を洗って出直します」と併せて読むと一層楽しんで頂ける筈である。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月9日(水)

 立ち稽古、昨日のおさらいと続き。これで1幕の2/3辺りまでは辿り着いたであろうか。

 ところで「ミザンセーヌ」という言葉についてだが、アメリカの演劇用語辞典「Theatre Language」によれば「演出家が行う舞台装置、俳優、照明等によって舞台画面を構成するあらゆる要素の配列を意味する」言葉である。
 20世紀初頭に活躍したフランスの舞台美術家・演出家アドルフ・アピアは、その著書の中でミザンセーヌについてかなりのページを割いて検証しているが、仏語で書かれたその本がドイツ語に訳された時、「mise en scene」は演出を意味する言葉「inscenierung」に置き換えられた。
 アドルフ・アピアの業績について記した遠山静雄氏の本に「ミザンセーヌ mise en scene は演出とも訳されあるいは狭義に舞台装置の意味にも使われるが・・・」とあるが、ミザンセーヌという言葉も、19世紀から20世紀にかけて演劇の理念が変化する中で、その定義する所は変化している様だ。

 そもそも「ミザンセーヌ」という言葉が輸入されたのは、演劇の近代化が叫ばれ、その為には欧米の新しい演劇理念を輸入せねばならないとした明治の後期ではなかったかと思うのだが、その少し以前、19世紀の末から20世紀にかけて、イギリスやドイツ、フランス、ロシアなどでは演劇を大きく変化させようとする動きが起こっていた。
 イギリスではゴードン・クレイグが、ドイツにはリヒャルト・ワーグナーが、フランスにはアピアが、そしてロシアにはコンスタンチン・スタニスラフスキーが・・・登場し、それぞれが独自に、あるいは共鳴しあって、それまでの娯楽としての演劇を芸術としてのそれへと変化させて行ったのである。

 この時期の演劇改良は、その必要性を感じたそれぞれの問題意識の所在によって様々な領域に及んでいるのだが、例えばワーグナーやアピアは、それまでの絵画的に構成された舞台装置に飽きたらず、またスタニスラフスキーは俳優の演技術に飽き足らなかった。
 そのようにして演劇の様々な領域が近代化されていくに従って、「演出」という職能の重要性も高まって行った。個々の領域を近代化しようとすれば、それは全体としての改革を促す事になる。演劇の「全体」とは、それこそ「演出」の事に違いあるまい。
 とは言え、「演出」という言葉もその実態はとても分かり難いものである。「ミザンセーヌ」という言葉の分かり難さも、実はそこに発しているのではないかと思う。

 それはともかく、演劇が様々な領域で近代化されて行った時、そこに導入された視点で最も重要だと思われるのは「時間」の概念ではないだろうか。
 「ミザンセーヌ」は、ロシア語では「ミザンスツェーナ」になるのだが、アピアの考察の中に「ミザンセーヌは空間の設計に時間の変化を伴うもので、プロポーションとシークェンスに問題がある」とあるし、『スタニスラフスキイ・システムによる俳優教育』の中には「ミザンスツェーナは、(登場人物の)配置だけでなく、舞台空間内での登場人物の配置変えもふくむ。ミザンスツェーナは、一定の時間を費やしながら発展していく物である」と書かれている。

 私は8月7日付の日記で「ミザンセーヌ(俳優の導線や位置関係)」と書いたが、私の興味は、「その位置関係がどう変化していくのか」と言う所にある。
 ある瞬間の位置関係は、その瞬間のドラマの構造を表している。ドラマの構造とは、聞こえてくる台詞やそれを発している人物の感情とは別の、そのシーンを観客にどう受け取って欲しいかという作り手の意志の事である。
 映画などの映像表現に於ける「視点」という概念を、観客にアングルを強制する事のできる「カメラ」という武器を持たない演劇で実現しようとする演出家の手段の事でもあるのだが、私にとってのミザンセーヌとは、上演中常に水面下に潜んでいるが、それでも流れ続けているドラマの構造(それが「プロット」である。水面上にあり、観客が常に意識している「物語」とは区別されなければならない。)を表し続けているものなのである。

 近代以降「ミザンセーヌ」は、演出家にとって揺るがす事のできない大変重要な手段となった。が、今現在、日本の演劇の現場では、その言葉はそれ程の重要性を持っては理解されてはいない。その理由は、ひとつには言葉の持つ説明の困難さの為でもあるだろうが、現在の日本の演劇の現場が近代劇輸入の歴史と切り離された所にある、と言う事が大きいのではないかと思う。
 その証拠に、近代劇輸入の歴史を脈々と受け継いできた「新劇」と呼ばれる劇団では、今でもミザン、あるいはミザンスという言葉は現役である。恐らく、その言葉をフランスから学んだ人たちは「ミザンセーヌ」「ミザン」を、ロシアから学んだ人たちの系譜が「ミザンスツェーナ」「ミザンス」を使用しているのだろう。

 「俳優がどのタイミングで、どのルートを通って移動するか」と言う事は、その俳優の生理を無視して決める事はできない。が、演出家は、俳優の生理と折り合いを付けた上で、生理や衝動とは別次元の意味をその動きに籠めているのである。

 いかがなものであろうか、飯島早苗さん。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月8日(火)

 稽古前にシアターガイド誌やタカラヅカ・スカイ・ステージ、関西テレビなどの取材が入る。
 私も飯島早苗さんと共にタカラヅカ・スカイ・ステージのインタビューを受けたのだが、こういう時、隣に作家が座っているのは大変心強い。仕事の性質上、作家という人種は作品の事を論理的に把握しているからである。少なくとも演出家よりは。

 取材が一段落した所で立ち稽古、昨日のおさらいとその続き。が、カメラが稽古風景を収めようと残っているので、どうもやりにくい。
 そもそも芝居の稽古とは、恥ずかしい事や照れ臭い事の連続なのである。それを、1ヶ月の稽古期間を費やして少しずつ克服して行くのである。

 稽古風景がオンエアされた際には、羞恥心を捨て切れていない一同をお見逃しなく。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月7日(月)

 稽古前に衣裳とヘアの打ち合わせ。衣裳デザイナーは黒須はな子さん、ヘアメイクは河村陽子さんである。

 さて、本日より立ち稽古。全周を客席に囲まれているので、どこに向かって芝居を作っていけばよいのか俳優たちも私も最初は戸惑った。が、次第に、これはどこを向いても良いのだ、と言う事が分かって来る。
 舞台と客席が対峙している通常の形式では避ける様な位置関係も、この形の舞台ならむしろ「あり」なのである。そう言う意味では円形舞台というのはとても自由な物である。

 ただし、ミザンセーヌ(俳優の導線や位置関係)を確定するのにはとても時間が掛かる。自由だと言う事は、逆に言えば何でもOKだという事なので、どう動いてもとりあえずは成立してしまうのである。楽しい稽古ではあったが、1日掛かって15分程度のページ分しか進まなかった。

 立ち稽古初日だから、それでも全く問題はないのだが。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月5日(土)

 稽古前に照明打ち合わせ。照明デザイナーは私と生年月日が同一の高見和義さんである。

 稽古の方は、1、2、3幕を読み合わせ。メニューとしては稽古初日と同じだが、キャラクターやニュアンスが具体的になっているので格段に聞き易く、しかも面白い。
 プライベート・ライヴズ』は、ストーリーの展開だけを追っていたのでは、「それで?」と言う事に成りかねない作品である。登場するキャラクターがどれだけ際立っているか、であるとか、口とは裏腹に登場人物がどれだけ虚勢を張っているか、とか、どうしてこの連中には学習能力がないのだろうか、などが面白いのである。

 出演者たちにとっては、「人生で最良の瞬間と最悪の瞬間がいっぺんにやって来る」中でそれをやらなければならないので、精神的にも体力的にも結構大変な作品である。が、今のところ稽古場の雰囲気はとても明るく楽しい。ひとりだけ葛山信吾さんが「難しい・・・」を連発してはいるが。

 読み合わせ終了後、引き続き稽古場でプログラム用の座談会。稽古初日のディスカッションでもそうだったのだが、恋愛や結婚生活の事を男女で喋っていると「結局、男と女は永遠に分かり合う事はできないのだ」と言った空気になってしまうのは何故であろうか? まあ『プライベート・ライヴズ』がそもそもそう言う作品ではあるのだが。

 稽古後、出演者5人と飯島早苗さん、私で中華を食べに行く(チラシに名前は出ていないが、『プライベート・ライヴズ』には第5の登場人物がいて、それを演じてくれるのは詩梨さんである)。
 飯島さんは何の不思議も感じていないと思うが、作家がこんなに稽古に付き合ってくれる現場は珍しい。とてもありがたいし、とても楽しい。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月4日(金)

 稽古前に所用で東宝演劇部へ。早く着いたのでコーヒーでも、と考えた時、近くにある「三信ビル」が間もなくなく取り壊される事を思い出した。

 三信ビルは1930年に建てられた日比谷のランドマークである。外観、内装、共に趣のある素敵な建物で、特に1階のアーケードが抜群に素晴らしい。と言うか、素晴らしかった。今ではほとんどのテナントが退去してしまい、アーケードも半分は封鎖されている。
 そのアーケードに「ニュー・ワールド・サービス」という喫茶店があり、今日はそこでコーヒーを飲んだ。1948年からこの場所で営業を続けている店で、日本で最初にハンバーガーとソフトクリームを出した店、と言われている。ここに入ったのは随分と久しぶりだったのだが、昔ながらのコーヒーを飲みながら、日比谷に通うようになってからの色々な事を思い出した。

 日比谷にお出掛けの際は是非三信ビルまで足を伸ばしていただきたい。ネット上でも様々な写真を見る事はできるのだが、実物はもうすぐ見納めである。

 さて、『プライベート・ライヴズ』の方は、今日は3幕の読み合わせ。濃密に時間が流れる2幕とは打って変わって3幕は大騒動である。その辺りの詳細は「顔を洗って出直します」でどうぞ。

 遂に他ページとリンクする手順を会得した!

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月3日(木)

 1幕を読み合わせ。その後2幕を読み合わせ。

 『プライベート・ライヴズ』は3幕の芝居である。と言っても長大な芝居ではないのでご安心頂きたい。現時点での予想では(あくまでも机上の計算なので誤差が発生する可能性は大なのだが)1幕は50分前後、2幕は40分前後、3幕が35分前後・・・になるのではないかと思う。
 舞台は、1幕がフランスの高級避暑地、ドーヴィルに建つホテルのテラスで、2、3幕ではそれがパリにあるアマンダのアパートの1室に移る。今回は青山円形劇場での上演なので、ステージは360度客席に囲まれることになる。

 私はこの劇場で過去に2回仕事をしているのだが、ステージを客席中央に設定する完全な円形仕様は初体験である。この形では、俳優たちは常時あらゆる方向からの視線に晒される事になるわけで、聞く所によると、これは俳優にとっては相当消耗する環境らしい。また、観客にとっても常に誰かが背中を向けている事になるので、一方向からの視点で構図や動きを検討すればよいいつもとは芝居作りの勝手も違ってくるであろう。
 その辺りのシミュレーションを稽古場でできるように、との舞台監督さんの配慮で、ステージとそれを取り囲む客席の2/3が稽古場に設営されている。これで私はあらゆる角度から稽古を眺める事ができるわけである。

 ちなみに、ステージを円形スタイルに設定するように提案してくれたのは、いつもアグレッシブな美術デザイナー、松井るみさんである。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月2日(水)

 読み合わせに入る前に出演者たちとディスカッション。

 『プライベート・ライヴズ』では、登場人物同士がとても親密に交流する。こういう作品では、それを演じる俳優同士に照れや遠慮があってはよろしくない。なので、作品の背景についてであるとか、登場人物の価値観や感情の流れなどについて意見交換をしながら、それに関連する俳優たち自身の体験などを喋ってもらうことにしたのである。
 ほとんどの俳優と初仕事である私の為でもあったのだが。

 ある程度みんなの距離が縮まった所で1幕を読み合わせ。

 飯島早苗さんが台詞に周到に手を入れてくれているので、台詞も登場人物も実に生き生きとしていて、70年前に書かれた芝居の翻訳上演とはとても思えない。まるで現代劇の新作の様である。
 『プライベート・ライヴズ』は深刻なテーマや社会性を備えている作品ではない。にも関わらず、この作品が時代を超えて繰り返し繰り返し上演されているのは何故だろうか。それは、ここには人間の愚かさや、そんな人間のいとおしさなど、人生の真実が描かれているからだろうと思う。
 恐らくは、登場人物は全員がダメ人間である。とにかく学習能力が欠如している。こういう人たちが身近にいたら大迷惑である。にも関わらず、幕が下りた時、観客は登場人物全員を愛さずにはいられなくなっているだろう。

 『プライベート・ライヴズ』はそんなお芝居である。

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『プライベート・ライヴズ』通信

8月1日(火)

 ほぼひとつき、ブログの更新をサボりました。

 習慣というものは恐ろしいもので、『ミー&マイガール』『ダンス・オブ・ヴァンパイア』の連続上演という過酷な状況下でも、「毎日ブログを書く」という習慣が付いていれば書けるし、ひとたびブログを書かない習慣が付いてしまうと、今度はこうしてひとつき近く書かないという・・・。

 と言う訳で『プライベート・ライヴズ』通信の始まりである。と言う事は、本日より稽古が始まったと言う事である。

 『プライベート・ライヴズ』はイギリスの劇作家、兼俳優、兼ソングライター、兼文化人のノエル・カワードが1930年に発表した風俗喜劇である。ウエストエンドでもブロードウェイでも、何年か毎に上演されている人気演目で、我が国でも『私生活』『危険な戯れ』などの題名で度々上演されて来た。
 今回は飯島早苗さんが新たに上演台本を起こしてくださったので、今までの翻訳上演とはひと味違った、生き生きとしてスピーディな舞台を目指したいと思っている。

 『プライベート・ライヴズ』は2組の新婚カップルが、ハネムーンの初夜にホテルの隣部屋同士に投宿した事から巻き起こる大ドタバタ・コメディである。隣部屋になった位で何故大ドタバタが巻き起こるのかと言えば、片方の新郎ともう一方の新婦が「かつて夫婦だった事があった」からである。
 以前ブロードウェイでその元夫婦の役を、現実の元夫婦、リチャード・バートンとエリザベス・テイラーが演じた事があったが、今の日本でそれを真似るとすると、私には2組の元ご夫婦の顔が浮かぶ。が、差し障りがあり過ぎるので、ここでは思い浮かぶ、と言う事に留めておきたい。
 
 それはともかく、今回の「元夫婦である新郎新婦」は葛山信吾さんと久世星佳さんである。もちろんお2人は元夫婦ではない。お2人の相手となる「初婚の」新郎と新婦は西川浩幸さんとともさと衣(ころも)さんである。

 稽古初日の今日は顔合わせと読み合わせが行われたのだが、久世さん以外の俳優さんとは今回が初仕事なので、私も些か緊張していた。緊張をほぐそうとしてやった事で余計に緊張する、と言う事が良くあるものだが、今日の私はそんな状態であった。どんな有様であったのかは飯島早苗さんのブログ「顔を洗って出直します」に詳しいので、是非ご一読頂きたい。

 ところで、私は他のブログとこのページをリンクさせる手順を知らない。恐らくかなり簡単な手順なのであろうと想像するが、なので、現段階では上の「顔を洗って出直します」をクリックしても何事も起こらない。
 検索エンジンのご利用をお願いする次第である。

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